2014年5月20日火曜日

Amato先生への手紙(案)

一晩ねかしてから。もちろん英語で。長えなあ。


はじめまして、○○大学の○○と申します。いつもは○○学分野の情報を扱う仕事をしております。

日本では児童心理学や、家族の社会学について研究があまり盛んではありません。しかしこの分野での権威の棚瀬一代先生が、先生の1994年に書かれた論文を紹介されています。離婚後の子どもをどう取り扱うかについて、先生のレビューがテキストとして使われています。

私もこの論文を拝見いたしまして、アナリストとしていくつか気になった部分がありました。二十年以上むかしの論文についてで恐縮ですが、お答えいだだければ幸いです。また、もっと新しい研究結果がございましたら、ご教示いただければ幸甚です。

まずこの論文のFig1で、先生は離婚家庭と普通の家庭の子どものwell being の得点を考えるさいに、おなじSDをもちmeanが異なる正規分布を仮定しています(Fig. 1)。論文を通じてこの考え方が根底にあり、離婚の与える影響が限定的であるという暫定的な意見につながっています。

私はEDAを使うことが多い(データ分析に先立つモデルを持たず、データに語らせる方法です)ので、この仮定のことが気になるのです。結論の基盤になっているため、この仮定はかなりクリティカルであると思われます。

この論文を読んでから、メタ分析のもとになった論文をいくつか読んでみたのですが、たとえばBuchanan et al (1991) では、一次的なデータは電話ごしの4ないし5段階の質問になっています。この回答をいくつか合算したスコアを、オーサーはそれぞれの要因のスコアとして使っていました。

もしこの設問数がとても多いのなら、このスコアは連続値として扱えるでしょうし、正規分布に近い分布をすることが期待できるでしょう。しかしおそらく、このもとのデータはむしろ離散的だったはずです。

ここで問題がひとつ生じます。もし離婚家庭のウエルビーイングがユニモーダルでなかったら、ということです。それはたとえばバイモーダルかもしれない。しかし、設問に十分な解像度がないために、その違いがわかりにくいかもしれない。その場合、ふたつのピークが確認されるかわりに、分布がskewしたり、あるいはSDが拡大するでしょう。

私がこれを気にかける理由は、先生の論文にあるとおり、何人かの子どもが離婚によって特別に大きな打撃をうけるからです。それらが平均に与える効果は、全体としてみれば小さいかもしれない。しかしそれらは、むしろ特別なハイリスクグループとして考えるべき、アウトライアーかもしれない。

実際、もうひとつインターネットで手に入ったAmato and Keith (1991) Parental Divorce and Adult Well-Being: A Meta-Analysis をみると、well beingのeffect sizeの分布をみたstem and leaf plot (Fig. 1)を見る限り、これらはまさにこのbimodal な特性を持っているような、明らかなskewが見られます。



先生の1994年の論文で、調査の年によって結果が変わる理由として先生は検討すべき2つの事柄を紹介しました。ここに見落としはありませんか? つまり、年数が新しくなるほど、父親の面会交流が一般的になっていることです。

1994のレビューの際に、先生はparental alienation の影響を見ていません。しかしこれは一般的に予後が悪い現象であると知られています。もしこれに対応する子どもたちがそのアウトライアーを形成する一部なのだとしたら、これらに焦点をあてることが必要になってくるでしょう。

先生の論文でいささか衝撃的だったのは、high conflict の離婚の場合、非看護親との交流がむしろネガティヴになるという見解です。その根拠として先生はいくつかの論文をサイトしています。Buchanan et al (1991)はそのなかでこれまでに入手できた論文です。

この論文で、著者らはhigh conflictとcaught feelingに弱い相関があること、caught feeling と低いwell beingにも弱い相関があることを示しました(Table 7)。そこで、high conflictがwell beingに悪影響があるだろうと著者らは推定しています。しかしながら、おもしろいことに、実際のデータではこれらは全く相関がなく、むしろ証拠としては、high conflictがwell beingとは無関係であることを示しています

弱い相関は、相関がある一群と、ない一群が混合しているときにも生じます。high conflictがcaughtを起こした一群と、caughtがwell beingを下げた集団は、別だったと考えれば、これは説明できます。そしてもちろん、evidenceは意見よりも重要です。そこで、先生の1994年の、ある場合には面会がより悪影響を及ぼすという見解のevidenceの少なくとも一つは、不適当だと思われます。

おそらくこの(面会がいつもbenefitにはならない)のは、他にもevidenceがあるのでしょう。しかしながら、逆の考えもでているようです。どう考えたものか、先生のご意見をお聞かせ願えればとおもいます。



なお、現在の日本の法的な事情について、簡単にご説明いたします。いま日本ではシングルな監護権しか認められておりません。離婚そのものは簡単にできます。この10年の間、妻が虚偽DVを申し立てて子どもを連れ去るケースが急増し、社会問題になっています。逆に夫が子どもを連れ去るケースも増えています。いずれにしても、いま日本の家庭裁判所は、ほぼ例外なく、連れ去った親に自動的に監護権を与えます。面会交流はごく限られていて、認められないケースも多々あります。連れ去った親が仕事を持たないケースも多く、子どもともどもに貧困にさらされます。政府発表ではシングルマザーの半分が貧困にあるとされています。

連れ去られて引き離されたこどもたちがPAを起こすのは、日本でも同じです。連れ去った親たち一様にHigh conflictな状態で、決して、もう一人の親と子どもをあわせようとしません。その状況で、連れ去られたままにしておいたほうが良いのか、なんとか交流したほうがいいのかは、だから、日本においてはたいへん重要な問題なのです。

末筆ながら、先生の研究のご発展をお祈りいたします。

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